2011年11月04日

いのちをいただいて、つなぐこと

今日は内田美智子さんという方の講演会に行ってきました。
少し前に薦められて「いのちをいただく」という本を読みました。
「いのちをいただく」は、食肉加工センターで働く坂本さんのお話ですが、
内田さんはその本の著者で、助産師さんなんです。
講演のテーマは、「いのちをいただいて、つなぐこと」。

「いのちをいただく」ってどういうことだと思いますか?
内田さんはこの「いのち」について、最初に問いかけられました。
いのちというのは、もちろん私たちが生きるために食べる肉や魚、植物。
でもそれだけじゃないんです。
どんな産み方でも、1滴の血も流さずに出産する母親はいません。
私たちはすべて母親の「いのち」の一部をいただいて生まれてきます。
そして普段食べているものが私たちの口に入るまでには、
育てたり作ったりする人、料理をする人、必ず誰かの手がかかっています。
それは、その人たちの貴重な時間=人生の一部を分けてもらっていること。
そうやって、私たちはたくさんのいのちをいただいて生きています。

保育園の時、「いただきます」の挨拶がずいぶん長かったのを覚えています。
「この給食は、お父さんやお母さんやたくさんの人たちのお骨折りで
 できていることを思って、感謝しながら、こぼさないように、
 残さないように、よく噛んで、いただきます。」
毎日毎日、こんな挨拶をしてから給食を食べていました。
いつの間にか、なんとなく「いただきます」を言うようになったけど
多くのいのちを分けてもらっていることにちゃんと感謝しなきゃ、と思います。

「生」「性」「食」にまつわるお話をたくさん聴きました。
内田さんが子どもたちと話をした時。
「朝ごはん食べた?」「昨日の晩ごはん何食べた?」なんて聞くと
「食べてない」と答えたそうなんですが、よくよく聞くとそうじゃない。
戸棚から出した菓子パンやインスタント食品は食べてるんだそうです。
その子にとっては、それは『ご飯』ではないんですね。
忙しいからコンビニ弁当を食べる、それも悪いことじゃない。
でもほんのひと手間、子どもの分だけでもお皿に移し替えてやる。
コンビニ弁当の多すぎるご飯を子どもの食べられる量だけお茶碗に移す。
それだけでも、「親が自分のために手をかけてくれた」と子どもは感じる。
口に出しては言わないけど、食事の記憶ってしっかり残るんだそうです。

誰もが母親からいのちをいただいて生まれてきている。
ここにいること自体がすごいこと、そこにいるだけで価値のあること。
悩み、迷っているすべての子どもたちにそれを分かってほしい。
内田さんはそんなことをおっしゃいました。

ヒナコが生まれたとき、とにかく無事生きていてくれれば、と思いました。
2か月も早く生まれてきて、1211gしかなかったヒナコ。
当時は命の危険もあったし、脳性まひのため下肢に障害があります。
0歳から一生懸命PTに通い、小学校に上がる前に両足の手術をして、
ずいぶん動けるようになって、ジャンプも少しならできるようになりました。
ついつい昔の気持ちを忘れて、あれもこれもと叱ってばかりの毎日です。
生活するために必要なことはもちろん身につけさせなきゃダメだけど、
「あなたが大切なんだよ」っていう気持ちをしっかりと伝えて
「生まれてきて良かった」と思ってくれるようになったらなぁと思います。



posted by yuki at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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